日本の改革を進める困難は?

           

日本が改革を進めるのに何が一番問題であるか?
写真の舛添要一氏と竹中平蔵氏の本を読むと、よくわかる。

日本は戦後、官僚主導による政策に頼って来た。
経済が右肩上がりで上向いて行く中、コロコロと変わる政治家より有能で法律制作能力のある官僚に内閣が大筋の方針を指示さえすれば、官僚が産業界、地方などとの調整をして立案し、様々な規制を作るかたわら、自分たちの将来の就職先(特殊法人など)を作って来た流れがある。

ほぼ世界でもトップレベルとなった日本がグローバル化する世界に対応していないさまざまな問題があった。
その問題の為にバブル崩壊後、100兆円にも及ぶ公共事業投資を持っても再生しなかった日本があり、まさに、官僚主導政治の限界であった。

そこで小泉政権が登場し、国会議員でない竹中平蔵大臣の登用となる。
彼は経済政治の専門家であり、当時の日本の問題を的確に掌握し小泉総理の指示により改革に取りかかった経緯が詳細に書かれている。

不良債権問題、郵政民営化問題、地方分権問題と大きな問題を改革して行く中、官僚、族議員、野党とのまさに抵抗精力との孤独の戦いは、感動をさえ感じるものがあった。
通常、官僚が作る法案の骨子を自身と自身の部隊で作ったのも画期的な事実である。

また、舛添氏も同じくこの官僚、族議員、野党との戦いに挑む姿勢には同じものがある。

彼らの共通の提言は、
 しっかりと文言の意味を理解し法律を作れる国会議員が非常に少なく、時間の制約もある中、改革に対し不利益を被る業界団体を抱える省庁の閣僚、族議員の猛烈な反対と策略があり、なおかつ改革の本当の意味をも理解せず、一部の文言や言葉尻をとらえて、これ国民の為と偽善をするマスコミの批判をも押し切って改革を進めるのは、非常な困難を要すると言う事である。

 ただ、これは単に官僚をやめさせればいいとか、族議員をなくせばいいと言う簡単な事ではない。彼らも、今の制度に恩恵を被っている国民や業界、もしくは今の制度が正しいと考えている国民の代表もしくは代弁者だからである。

 官僚は、本来は一流企業より少ない給料でも国の将来の為と志を持って、国家公務員となった人々の中の優れた人材であり、ある意味日本にとっての財産でもある。
確かに一部で金や権力に目がくらみ汚職した人間もいるが、それは、コロコロと変わる上司となる大臣や正当な評価をしていない制度に問題があったのかもしれない。
 これもある意味世界でも類を見ない急成長を遂げた日本のやむを得ない宿命だとも考えられる。

 竹中氏は、まったくしがらみのない小泉総理だからこそこの改革は出来たと言っている。
しかし、まったくしがらみのない政治家とは地盤を持たず、指示団体を持たず、かつ有名と言う有利な条件を持った芸能人の様なほんのわずかな人が果たしてその改革に取り組むだけの知力と気力と信念を持っているか?と限定して行くと、それは皆無に等しいのではないだろうか?
 この条件にまさしくはまっているのがこの二人なのかもしれない。

 また、私たちがまずよく考えなければならないのは、批判とすると言うのは非常に簡単なだと言う事かもしれない。
政策を批判してもほとんどは責任を取らなくていい、野党もマスコミも批判をすると言う行動は正しいかどうかを議論し、修正をするより簡単なのである。
テレビなどマスコミはこの批判と言うものを使い、悪者を作り上げいかなるいい政策をもデメリッを拾い出し、国民に伝える傾向が非常に多い。

 これからは、誰々が悪いと批判をするだけでなく、マスコミの情報さえも正しいかどうか?も的確に判断し、官僚の立場も考えどうするべきかを判断し、目先の利益にこだわらず大きな志を持ち、大きな視点で日本の将来を考える与党となる政治家を当選させる、国民としての責任を問われる時代なのだと感じている。

政治に興味のある方、今の日本に問題意識のある方はぜひ読ん欲しい二冊だと思います。